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2018年6月 9日 (土)

「法」とは

昨日のブログの内容の補足です。


「法」とは、「法」の英訳であるmoodに「心的状態」「(一時的な)気分」(ジーニアス英和辞典)という意味もあることからわかるように、「話し手が、自分の話している文章の内容に対して、どのような気分なのか」が「述語」の動詞の形を通して表されます。

その時の動詞の形の規則性のことを「法」といいます。


「もし自分が鳥なら飛べるのになあ」というときは、事実ではない仮の想像、妄想という"mood"(気分)で話し手は話していますよね。

ですから仮定法を使います。

頭がおかしい人が「オレ鳥になったら、君の所に飛んで行くよ」なら、起こりえるかもしれないことと話しては思って話していますよね。
ですから直説法を使い、仮定法は使いません。
話し手にとって、「鳥になる」ことは「妄想」ではないのです。
「妄想」という言葉だけで考えるなら、頭がおかしい人が「オレ鳥になったら、君の所に飛んで行くよ」は妄想となり仮定法となるのですが、それは間違いです。

"mood"(法)とは、話し手が妄想と思っているか否かのような、話し手の「心的状態」「(一時的な)気分」が重要なのです。
ですから頭がおかしい人の発言である「オレ鳥になったら、君の所に飛んで行くよ」は直説法になるのです。


「法」が何たるかがわからない人間に限って、なぜかIf should「万一〜なら」を仮定法に扱います。
「万が一」ということは「現実に起こりうる」と思っているわけです。
ですから、帰結節に命令文が来たりします。(「万一雨が降って来たら、洗濯物取り込んでおいて」のように)

命令文の前提の条件は「起こりうる」というmood(心的状態、一時的な気分)です。
mood(法)が何たるかわかっていないから、If shouldを「仮定法」未来などというのです。(起こる可能性が低いと仮定法っぽいな、という安易な発想なのでしょう。人間の意識はもっと深いのです)

仮定法未来を未だに肯定する講師は明らかに「法」がわかっていません。
彼らに「法」を教える資格はありません(実際の教員免許の有無という意味ではなく、わかっていることが教える資格とするならば、ですが)。

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