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2013年4月

2013年4月18日 (木)

3時間!

弊塾に入塾される方には自宅学習を週に最低3時間義務づけることにします。


弊塾の授業の内容の復習、そしてこちらの指示した内容に最低3時間です(学校の英語の勉強は含みません)。
3時間の自宅学習が出来ない方には授業は行いません。
3時間というのは、90分の授業の内容を完全に習得・記憶するには2倍の時間が必要だろうというのが判断の根拠です。

授業をしても全く復習しない、翌週の確認テストも当てずっぽう…
そういう方が実際にいらっしゃいました。(辞めた方の事は言うべきではないのかもしれません。このケースについては、こちらの力不足と反省しております。今後、全ての人にとっていい塾になるよう教訓にさせて頂きます。)
復習しろと何度も何度も言ってもやってこない。
どう考えてもこれではお金・時間の無駄です。(この方は、塾・予備校・家庭教師に頼る前に、ご自分の勉強に対する態度を、自分で考え、反省し、改めるべきです。授業中が好きなアイドルの話ばかりでは…。今後は学業で成功されることを祈っています。)

塾・予備校に通おうというのに自宅学習を全くしないという態度は、全く理解出来ないものです。
励ましも一切聞かない。(悪くさえ取ったのかも?)
これではお互いにとって悲劇です。
こういうことを今後は絶対に避けたいので、これは池田塾のルール・塾生の義務とさせていただきます。
必ず守って頂きます。 
大変かも知れません。
しかし必ず成績は上がるでしょう。(あいまいで不明確な内容ではいくらやっても上がりませんが)

今後も池田英語塾をよろしくお願い致します。

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2013年4月 9日 (火)

Yahoo知恵袋とクジラ構文

先日偶然Yahoo知恵袋で弊塾が提唱しているクジラ構文の正しい訳に関するやりとり を発見しました。


本人降臨が出来れば良かったのですが、そんなに時間はないもので…
春期講習がおわり時間が出来ましたので、本人から一言。
今井氏の訳は間違っています。(彼だけではなく日本全体が。)
サイトで証明したでしょう?
これで分からないのであるなら、ご自分の理解力のなさが問題です。
単に日本の全ての英語の先生が間違えていただけの話です。
これ以上でもこれ以下でもない。

また、お答えになっている方もまだまだ見識が浅いと申し上げざるを得ない。
知恵袋で解答している方はクジラ構文の真実を見つけられなかった方です。
しかも「ない」の訳でも正しいとされている。
この方は「彼にお金を貸すのはドブに捨てるのと同じだ」という表現を「彼にお金を貸さないのは、ドブに捨てないのと同じだ」のような日本語を日常生活で使っている、変な日本語の方です(「ない」でも正しいと言う発言からそういう帰結になると思います。)。
そんな方が正しいクジラ構文の研究成果に意見を言う資格があるのでしょうか。
私はないと思います。

例えば「私が泳げるというのは彼女が泳げるというのと同じだ」(C)と言われても、彼女が泳げるということのありえなさがピンときません。
……のだそうですが、果たしてそうでしょうか。
口語調で言えば「俺がよぅ、泳げるっつーのはよ、彼女が泳げるっつーのと同じだよー!」などと言えば、話をしている人間達にとって「彼女」という人物が金槌なのは、「馬が魚だ」というのがあり得ないのと同じくらい明白なのではないでしょうか。
そもそも私がクジラ構文を研究し出したのがまさに「私が泳げるというのは、彼女が泳げるというのと同じだ」がきっかけです。
thanの後ろがありえない、明白な事のはずなのに、従来の「私が泳げないのは、彼女が泳げないのと同じだ」という訳では明白性が伝わって来ない。
ここがスタートでした。
「私が泳げるのは、彼女が泳げるというのと同じだ」=「俺が泳げる??それって彼女が泳げるのと同じだぜ」。
これなら「彼女が泳げない」ことが明白になります。

「ありえなさが足りない」なんて事は私の目には映らないのですが、cara_argayさん如何でしょうか。
あなたがこれでピンと来ないのは、いかに間違った訳に脳が害されていたかという事です。

ありえなさが足りないから「ない」を入れる?
冗談はやめて下さい。
クジラ構文の本質は「ない」という言葉を使わずに否定的なニュアンスを表すことです。
何があっても絶対にクジラ構文は「ない」という訳を入れてはいけないのです。(「ない」を入れても、日本全体・出題者側が間違えているので、試験で正解にはなりますが。)

「ない」を入れることを許容している本は(日本のほぼ全ての本がそうなります)
……
正直な気持ちを言わせてもらえれば、語学の感覚がない、馬鹿者どもの著、というのが私の率直な気持ちです。
(昔の自分もそうだったので、昔の自分に対する叱責でもあるのですが。)
過ちて改むるに憚ることなかれ、と言います。
皆さんがどんな権威者であっても、改めることが日本の英語教育が向上する第一歩に繋がるのです。
あとは文科省、何とかせいよ。(O君、頼むよ。)

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