Quoraのやり取りを簡潔にポイントをピックアップします。
都合がいいところを切り抜いたんだろう?という方用に、全文はこちらを→Debateの内容
A=お相手 B=塾長
B: (Quoraの回答で「過去分詞という名称は噴飯物、出鱈目だ」と書く。)
A: 現在分詞は「〜している〇〇」と形容の動作は進行中なので現在、過去分詞は「〜された〇〇」と形容の動作は完了しているので過去といっているだけで、これもご自身が書いてるとおり「present」「past」を訳しただけです。ネーミングセンスとしてどうかはわかりませんが出鱈目とも問題あるネーミングとも思えません。
B: I saw a running dog yesterday.「私は昨日走っている犬を見た」
「現在分詞」だと「今走っている犬を昨日見た」と予言者になります。
しかしl saw a running dog yesterday.で問題はない。これはなぜ?
In autumn, that place will likely be filled with fallen leaves.「秋になるとその場所は落ち葉でいっぱいになるでしょう」
未来なのに「過去」分詞?
なぜ?
A:いわゆる時制の一致で説明できると思います。それぞれの時制を決めているのは分詞ではなく
それぞれのメインの述語動詞です。
その時制を基準にその光景を想像すれば、犬は走ってませんか?落ち葉は落ちてしまってませんか?
B:>その時制を基準にその光景を想像すれば、犬は走ってませんか?落ち葉は落ちてしまってませんか?
全くおっしゃる通りです。
「時制の一致」、素敵な考え方だと思います。
故にpresentは「居合わせている」、pastは「完了」という意味になります。
それに基づく名前をつけるのが正当ではないかと思います。
分詞は時間とは無関係。
述語が時間を決める。
その時間帯における様態を表すのが分詞で、時間を表す役割を担っていません。
やはり時間の概念と無関係の準動詞に「現在」「過去」という時間の概念を想起させる名前は不適切です。
他の準動詞には時間の概念の名前はついていません。
完了不定詞、のように完了はありますが。
なのに分詞には時間の概念の名称がついている。
整合性がありません。
past participleのpastを「過去」と訳すのは明治時代の英語学習黎明期の誤訳です。
1983年上智大学イスパニア語学科のイスパニア語の文法の授業で小林一宏教授から受けた講義です。
「分詞は時間の概念とは無関係。現在分詞、過去分詞というのは、明治の初期にドイツ語で書かれた英文法書を日本語に訳した。その際、現在、過去と訳したのだが、それにあたるドイツ語では問題がない。しかし日本語では時間と関係してしまい問題がある。故にイスパニア語学科ではそれぞれ「未完了分詞」「完了分詞」と呼ぶ」
未完了とは「一旦〜してまだ終わっていない」ことです。
これが非常に優秀な概念です。
He was running.「彼は」「一旦走ってまだ終わっていない(running)」「だった(was)」→「彼は走っているところだった」と「進行形」という言葉を介在せずに理解できます。
また「居合わせている」ことも十分に表していると考えています。
__________________________________
……こんな感じです。
まだAさんからコメントが来て、私が負けて「現在分詞」「過去分詞」にする可能性はゼロではないですが、論理の破綻はないと思います。
「時制の一致」という考え方まで出せるAさんはお世辞ではなく、優秀。
でも「過去」は今の時点より前のことを指します。
ですから「今」を基準にしか出来ません。
「完了」は基準時点があり(現在でも過去でも未来でも大丈夫)、それより前のことを表せます。
He will have arrived in N.Y. /by this time tomorrow.彼はNYに着いてしまっているだろう/明日の今頃までには
「明日の今頃までには」という未来の一時点までに完了したことを表せるようなものです。
明日の今頃までに、N.Y.に着くことが完了した(arrived in N.Y.)を持っていることになるだろう(will have)というのが「彼はNYに着いてしまっているだろう/明日の今頃までには」です。
過去分詞=今よりも前、では上の文に当てはめることはできません。
「明日の今頃に私はニューヨークに(今より前に)着いた(=arrived)、を持っているだろう(=will have)」っておかしいですよね。
HeはまだN.Y.にいないのに、過去(今より前)にarrivedしているわけですから。
完了なら問題がありません。(述部の時点を基準にした「完了」ですから。)
「完了」という様態を表す言葉と、「過去」という時制、時間を表す言葉を混同しているのが日本の英語です。(Aさんもそうでした)
準動詞(分詞、不定詞、動名詞の3つのことを指します)は いずれも時間とは関係がありません。ですから「現在不定詞」「過去不定詞」は存在しません。
「現在動名詞」「過去動名詞」も存在しません。
時間を表さないからです。
なのに「分詞」になると、突然「現在分詞」「過去分詞」が出てくるのです。
整合性がありません。
to visit Kyotoで時間は分かりません。(過去のこと?現在のこと?未来のこと?わかりません。Vが出てきて初めていつのことか確定します。)
なのに「現在不定詞」とか名前がついていたらどうでしょうか。
I wanted to visit Kyoto.「私は京都を訪問したかった」
過去形の文なのに「現在不定詞」?
おかしくありませんか?
んなわけない。「現在不定詞」なんて変なこと言うな!アホか、池田!……と言われるでしょう。
何言ってる。現在分詞ってあんたらもやっているじゃないか。
He was running.「彼は走っていた」
過去形の文なのに「現在分詞」?
同じじゃないか。
んなわけない。「現在分詞」なんて変なこと言うな!アホか、日本中!
とお返しします。
分詞は時間と無関係。
上智大学外国語学部イスパニア語学科は「現在分詞」「過去分詞」をそれぞれ「未完了分詞」「過去分詞」としています。
池田英語塾ではそれぞれを「未完了能動分詞」「完了受動分詞」ととりあえずしておきます。
現在と過去の塾生さんたちは、あれ?少し変えた?と思われると思いますが、まぁ一般に出すならこの方がとりあえずはいいと思います。
一応皆さんに教えている名前と矛盾なく説明できます。
世の中、surprisedは「分詞形容詞」だそうですし。
とにかく!「現在分詞」「過去分詞」は不正確。
私の言うことを信じた方がいいですよ。
今でもThere are a lot of fallen leaves in the park.「その公園には多くの落ち葉がある」
これを「その公園には多くの落ち葉があった」と訳した早稲田予備校の生徒さんを思い出します。
「過去分詞」があるから過去形で訳したの?に対して、「はい」と頷きました。
この生徒さんだけでは無いと思います。
「現在」「過去」という不正確な名前をつけるからミスの可能性が出てくる。
「未完了能動」「完了受動」というある時点での様態を表す言葉であることをきちんと説明し、その後で多くの例文にあたれば、時制と無関係と理解し、英語を正確に理解できるようになるわけです。
ドイツ語の英文法書を誤訳した人の名前はわかりません。
小林教授に聞いておくべきでした。(鬼籍に残念ながら入られております。大変お世話になりました。合掌)
私が文法でしていることは丸暗記ではなく、全てが矛盾なく繋がるように平坦にすることです。
分詞は私の考え方が平坦です。
「過去分詞」って、「完了」と「受動」を表すんだったよな……名前と内容に接点がありません。名前以外に機能を覚えなくてはなりません。(そして「過去」と勘違いする恐れが常にある。しかもそれを東大教授、NHKの英語の講師という錚々たる人達が使っている。間違っているのに。間違っているのが言い過ぎなら、誤解を招く名前なのに。)
完了受動分詞……名前が内容です。機能を新たに覚える必要がありません。
後者は普及していないだけで、はるかに優秀な、比べることすら愚かな、完璧な名前です。
不正確な、誤解を招く名前である「過去分詞」「現在分詞」は、、、この名前、やっぱり私には無理です。
非常に気持ち悪い名前です。
しかし頭のいい人との議論は私は気持ちいい。
クレーマー(?)でもロジックがある。
ロジックがある人には、例え負けても気持ちいいです。(今回は…おそらく負けてはいないと思います)
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