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2023年11月29日 (水)

暦について

Quoraで「Septemberはどうして7を意味する接頭辞である"sept"がついているのに、9月なんですか?」なんて質問があったので、自分の頭をまとめるために珍しく回答。

しかし…

最初は"Sept"emberは7,"Octo"berは8を意味していました。そこへジュリアス・シーザーとアウグッススが自分の名前を入れようと割り込んでJulyとAugustが出来たので9月,10月となってしまいました。"Dece"mberも10を意味します。

間違いなんですが…

大丈夫かな?

以下のように書いておきました。

まぁQuoraで私は人気ないので、たいして高評価つかないんですよね…

知り合いだから、とか相互フォローしているからの高評価などは全く要らないので構わないのですが、寂しくもあります…

私はよくかけていると自分的には高評価です。(これが一番重要。)

 

今年度は時間があったので、色々とインプットができました。

昨年まではインプットの時間がなくて…(お金を払って受講したいという方々をお断りする辛さと言ったら…)

インプットできた知識、生徒さんに還元していきます。

 

___________________

 

ローマ建国の祖・ロムルスが作ったとされる暦が発端。

ロムルス暦は10ヵ月しかなかった。

今の3月に当たる月が年初とされ、それを起点に数えたので、現代の9月Septemberが「7番目の月」だったため。


 

 

 

 

今回のご質問は暦の変遷と関係があります。

ですので暦の変遷を列挙します:

ロムルス暦

1月Martius 31日

2月Aprilis 30日

3月Maius31日

4月Junius30日

5月Quintilis31日(=5番目の月)

6月Sextilis30日(=6番目の月)

7月September30日(=7番目の月)

8月October31日(=8番目の月)

9月November30日(=9番目の月)

10月December30日(=10番目の月)

(合計304日。週が8日から成り、38週だった。残りの61日〜62日は厳しい冬の冬眠期間のようなもので暦のうちに入れてなかった。11月、12月なし。)

二代王・ヌマ暦

1月Martius 31日

2月Aprilis 29日

3月Maius31日

4月Junius29日

5月Quintilis31日

6月Sextilis29日

7月September29日

8月October31日

9月November29日

10月December29日

11月Januarius29日

12月Februarius28日

(当時のローマ人が奇数を完全・幸福の数と考え、偶数が不吉としたために奇数の月ばかり。最後のFebruariusは仕方なく偶数。合計で355日。10日or11日不足することの調整は、2年に一回、2月を28日ではなく23日または24日にして、その23日or24日の翌日から27日の「うるう月」(mensis intercalaris) を入れる。実はこれだと、2年で20日〜21日不足するが、2月を5日短くすると25〜26日不足し、27日の閏月を機械的に入れるので、常に1日は多いことになる。その結果、暦と実際の季節がズレる不都合が生じた。それがユリウス暦へとつながる)


 

 

 

 

紀元前45年にJulius Caesar (ユリウス・カエサル)が征服先のエジプトの知識を使い太陽暦であるユリウス暦を制定。(アレクサンドリアのソシゲネスSōsigenēsを招いて改革)

1月Januarius31日

2月Februarius28or29日

3月Martius 31日

4月Aprilis 30日

5月Maius31日

6月Junius30日

7月Quintilis(Julius)31日(カエサルの死後、功績を称え紀元前44年にJuliusに改称という説と、カエサル自ら変更した説あり)

8月Sextilis(Ausgustus)31日(紀元前8年に元老院がAugustusに改称)

9月September30日

10月October31日

11月November30日

12月December31日

(4年に一回閏年で2月が29日。合計365日or366日)

・暦の変更に伴い、カエサルは暦の変更前年の紀元前46年を445日にして調整(通常の閏月に加えて、2か月の閏月を置き、「撹乱の年」と呼ばれる。剛腕カエサル故にできた大事業)

・この結果、年初が1月1日に(スペインで起きた反乱への対応ですでに共和政の紀元前153年から実施はしていたが)


 

 

 

 

西暦325年のニケーア公会議で春分の日が「3月21日」に決定。

この日付は宗教上のもので「春分の日」はこの日に固定された。

しかし16世紀には天文学での春分との差が10日ほどずれた。

その解消の為1582年にローマ法王グレゴリウス13世がグレゴリオ暦を制定。

ユリウス暦の1582年10月4日の翌日をグレゴリオ暦の1582年10月15日にしてズレを調整。

また閏年もユリウス暦の4年に一回から400年に97回に変更。(100で割り切れるが400で割り切れない年はは普通の年。西暦2000年は100で割り切れ400でも割り切れるので閏年。2100年、2200年、2300年は100で割り切れるが400で割り切れないので普通の年。このように400年で4で割り切れる100年のうち、3年平年がある。グレゴリオ暦の1年=365.2425日、実際の1年=約365.24219日。約0.00031日程度の差があるので、これでも約3,226年経つと1日ずれが生じるが、これに関する閏年のルールはまだ決められていない)

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