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2024年1月13日 (土)

無神論の論拠

一つ前のブログ記事で塾長は無神論者だと書きました。

ご父兄様の中には宗教に熱心な方もおられるかも…

なので念の為塾長の無神論の依拠するところを提示します。(自分はこう考えてるのです、ということをご理解いただければ…と思いまして)

 

先に申し上げておきますが、私は他の方の宗教は全く否定しません。

その方の精神的な基盤ですので、当然だ、そんなことをしてはならないと思っています。

 

昔、お子様にお守りをお渡ししたらお父様に宗教上の理由で受け取れない、と返却をされた時も、あぁ申し訳なかったなと思いました。(ですから今はお渡しする前に、宗教上受け取れないとかならそれでも構わないですよ、と確認してからお渡ししています)

 

ただ、自分の信じるところも知っておいて頂きたいと思い、前回のブログ記事の延長で今回のブログ記事を書かせて頂きます。

 

私にとっては、全てとにかく「納得できるか」「矛盾がないか」が判断の基準です。※1

車椅子の天才、ホーキング博士の「ビッグ・クエスチョン〈人類の難問に答えよう〉」の考え方が私の無神論の依拠するところです。

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私の力で関連部分をまとめると、「今この瞬間からビッグバンの瞬間まで時間を遡ると、宇宙はどんどん小さくなり、ついには無限に小さな密度の高い一点、事実上一個のブラックホールと同一視できるものとなる。この一点では時間そのものが止まる。当然、ビッグバン以前には時間がないことになる。因果が発生するには時間が必要だが、宇宙の始まりでは時間がない。時間がないのだから創造主が何かを作るという因果は起こり得ないことになる。」

「創造主」が「何かを作る」(=時間が必要)ということはあり得ない。

ならば無神論が正当ではないか、となったわけです。

 

いやいや、そういう宇宙を、ビッグバンを神が起こしたのだ、と仰るかもしれない。

それは間違い。

ビッグバンを神が起こす、というのも因果原因結果)。

 

因果は時間があって初めて可能。

時間がないのだから因果を出すのは、全てが間違い。

……などと考えております。

 

でも私たちが生きているのはビッグバンの後の宇宙。

因果はある。

秩序を説明している、世界を秩序あるものにしようとしている、という意味では宗教もありかな、と思っています。

 

多くの人が、神聖な気持ちになる空間(=不埒なことを考えることが少ない空間)である神社仏閣etc.に行くことは塾長は結構……というより非常に大好きです。

行くと落ち着いた気分になるという因果がある。(1999年までの上智大学に隣接したイグナチオ教会にもよく行ってました。改築後の今のイグナチオ教会は、あまり落ち着かないのでもう行ってません)

 

ただ、創造主というものの存在を納得できないので、当面塾長は無宗教だと思います。

 

 

 

※1私の教えている英語も全くそれに基づいています。矛盾がない英語教授法です。それを作ると、今までの英語がいかに回りくどいし、正確でないし、変なところに連れて行かれる、結局はもう一回やり直すしかないと分かります。一例は「現在分詞」「過去分詞」です。「分詞」は時制とは全く関係がありません。なのに「現在」「過去」という時制の名称がついている。初学者は名前に引きづられます。「変なところに連れて行かれ」ますよね。「現在分詞」は「未完了」と「能動」を表します。「現在」は表しません。ならば「未完了能動分詞」とすれば矛盾がありません。「現在分詞」が未完了、能動を表すのだ、と言って名前が結局「現在分詞」っておかしいです。ただ池田英語塾では最初だけ生徒さんは混乱すると思います。鍼灸とかカイロプラクティックで「改善反応」とかいうやつと同じです。今までの名称を変更するので一時的に覚えるものが増えて混乱します。でも必ず収束します。余計な「現在」という観念を捨てるべきだというメッセージも「未完了能動分詞」にはあります。「現在分詞」という用語を使い続けることは、間違っているとわかっているのに変えられない、という精神的脆弱性を暴露しているのだと思います。)

※以下、「ビッグ・クエスチョン〈人類の難問に答えよう〉」の参照部分を引用します。

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